新潮
TOP
NOW
PROFILE
WORK
MEMORY
JOURNEY
SHINCHO
WEATER
CONTACT

 

 

 

 

 



週刊新潮 七月七日号
「石原良純の楽屋の窓」
108回
身から出た錆 

“捜査課長のデスクに刑事が集まる”の図。
 いかにも刑事ドラマのスチール写真らしい一枚は、新番組『刑事部屋』(テレビ朝日系七月六日夜九時スタート)でのもの。
 物語は、鳥居坂署の刑事課に、柴田恭兵さん扮する仙道晴見が赴任したところから始まる。
 仙道新班長が任された強行犯係第三班は、通称“ザンパン”。古参デカの寺尾聡さん扮する鵜飼遊佑を筆頭に、紅一点の姫野刑事に大塚寧々さん、ぼんやり若手刑事がジャニーズJr.の生田斗真さん。
 落ちこぼれデカの面々が、大都会・六本木の片隅で起こる小さな事件をコツコツ解き明かしてゆく。
 そんな部下達を優しく見守る頼れる上司、現場刑事の羨望の的ノンキャリの出世頭、真ん中に腰掛けるボス田所刑事課長が、新ドラマでの僕の役どころだ。
 過去の刑事ドラマでボスといえば、叔父・石原裕次郎が演じた『太陽にほえろ』の藤堂俊介が有名だが、藤堂さんは役職的には捜査係長どまり。渡哲也さん演じた『西部警察』の大門圭介にしても、やっぱり係長だった。
 大門団長の上司、これも叔父の演じた木暮謙三は僕と同じ刑事課長。でも、田所さんの場合は木暮さんと違ってすでに警視昇任試験に合格している。
 つまり、僕は四十三歳にして叔父や渡さんを越えたというわけだ。
 しかし、このスチール写真はどこかおかしい。皆さんの視線に田所課長への尊敬の念がちっとも感じられないではないか。
 たしかに台本をめくっても、田所の頼れる上司像など浮かんできやしない。
 それでも僕は顔合わせの日の本読みで、出演依頼を受けた時のプロデューサーの御要望どおりに、誠実で重厚な人柄をイメージして低くゆったりとした声で台本の字づらを追った。
「本番はもっとアップテンポでいきましょう」
「おもしろい田所課長を期待していますよ」
 本読みが終ってみると、監督、プロデューサー、脚本家、皆さんから次々にこんな声をかけられた。
 おいおい、僕の田所の演技プランは全否定かよ。
 でも考えてみれば、当初の人物設定が変更されて、田所が素頓狂な剽軽者になってしまったそもそもの原因は、僕にあるのかもしれない。
 まずかったのは、プロデューサー、監督、脚本家との初顔合わせ食事会だった。
 忘れもしない三月十五日の晩。前々日に紀伊國屋ホールで、つか作品の舞台公演を終え、打ち上げでたらふく飲んだ僕は、前日は二日酔いで休肝日。体調を整えて銀座へ向った食事会当日の僕は、お酒を飲む気満々だった。
 なにしろ舞台稽古・本番中の三十五日間、禁酒の最高記録を打ち立てたばかりだったのだから。当日は「飲むしかない」と勝手に思い込んでいた。
 それにもう一つ、生まれて初めての花粉症が発症したのがこの夜だった。鼻の奥ムズ痒いわ、鼻水かみすぎて鼻血出すわ、頭は膨張するわ、そのモヤモヤをはね飛ばすには大いに新ドラマのキャラクターを語る他ないと思い込んだ。
 同席していたマネージャー氏曰く、三時間の宴席は僕のオンステージ。他の誰一人にも話す暇を与えず、ただ、ただ、皆さんに笑ってもらっていたらしい。 
 その結果創られてしまったのが、この田所のキャラクター。ならば、それは、僕の“身から出た錆”ということか。
 それにしても、これがテレビ朝日広報イチ押しのスチールとは情けない。
 僕の顔が皆に比べてデカく見えるのは遠近法の仕業としても、姫野刑事、僕の頭にたぬきの置物をかざすんじゃないよ、僕の顔もたぬきに見えてくるだろうが。
<<前号 次号>>

<<前号 | 次号>>