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週刊新潮 六月十六日号
「石原良純の楽屋の窓」
105回
屋上のお祓い 

「掛介麻久母畏伎東映北野神社……」
居並ぶ一同が神妙な面持ちで祝詞を聞いているのは、東映大泉撮影所の試写室棟の屋上に祀られた、東映北野神社でのこと。
この日は、七月新番組『刑事部屋』(テレビ朝日系・水曜夜)の“撮影事始めの清祓の儀”が厳かに執り行われた。
プロデューサー、監督、そして主演の柴田恭兵さんをはじめ、スタッフ、キャストが勢揃いして撮影の安全を祈願する。梅雨入り前の貴重な晴れ間に恵まれて、額には薄っすら汗が浮かんでくる。それでも、屋上を吹き抜ける初夏の風が心地良い。これから約三ヵ月間の楽しい現場を予感させる。
映画、テレビ、舞台の制作に、こうした神事はつきものだ。どこの撮影所にも、自前の神社が祀られているし、劇場ならば楽屋のどこかに神棚が祀られている。ロケ先で撮影開始を迎えるならば、現地の神社で神事が行われる。
今年三月の舞台出演の折には、公演成功を祈るための御神酒にと、家からとって置きの“越乃寒梅”を引っ提げて、僕は劇場入りした。ところが、新宿・紀伊國屋ホールには、神棚が祀られていなかった。
なるほど、ホール誕生は小劇場文化黎明期の一九六〇年代。無党派、無派閥、無宗教。様々な主義主張の人間が集まるこの場所に、古式ゆかしい神棚はいかにも不似合いということなのだろうか。
そんな素朴な疑問を劇場の支配人に尋ねてみたら驚いた。神棚がない本当の理由は、ズバリ経済的問題。
神棚をお奉りすると、年に何度かは神職を招いてお祭りを行わなければならない。その予算が劇場にはないのだと言う。
日本のショービジネスは今も昔も厳しい世界。おちおち安全祈願もできやしないのだろう。
僕は、楽屋の冷蔵庫の上に“越の寒梅”をドカリと置いて、それを、守り神代わりに公演の無事をお願いした。
以前、映画『走れ!イチロー』の初日舞台挨拶前に、銀座の東映本社屋上でお祓いを受けた時も驚いた。
小さな社の前で頭をたれて祝詞を唱える神主さんの声に、どこか聞き覚えがある。「誰だったかな」と思っているところに、振り返ったその顔は、なんと岡田裕介氏ではないか。
東映映画社長自らがヒット祈願の式を執り行うのは、経費節約でもなければ、神職の資格を有する岡田さんの趣味でもない。それだけ、その作品に期待していたことの現われだったと思う。
さて、いよいよ撮影が始まる新ドラマは、そのタイトル通り刑事ドラマ。柴田恭兵さん演じる仙道晴見刑事が、捜査係の新班長として鳥居坂署に赴任して来たところから物語は始まる。
第三班の最古参が寺尾聡さん演じる鵜飼遊佑刑事。朴訥な人情派の仙道刑事と蛮カラな行動派の鵜飼刑事の、捜査を巡っての対立を軸に話は進んでゆく。
「でもそれって二人のキャラクター設定が逆なんじゃない」と訝しむ方がいらっしゃるかもしれない。
柴田さんといえば行動派。そして、寺尾さんといえば人情派。たしかに僕も台本を読んでいると、キャラクターと演者が反対に結びついて場面の画が浮かんでくる。そこをあえてイメージに反する役柄を演じたいのがお二人の役者魂。どんな人物像が物語の中に浮かび上がってくるのか、僕も今から楽しみにしている。
僕の役廻りは……。それは次回、ゆっくり御説明させていただきます。
 お祓いの祝詞は厳かに続いている。
「番組は広く世間に知れ渡り、高視聴率に恵まれますよう……」
 おいおい、視聴率の話かよ。神主さんの祝詞が、非常に李アリスティックなのにも驚いた。
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