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週刊新潮 十一月九日号
「石原良純の楽屋の窓 」
174回
Dr.コトーの夫

ぶ厚い茅葺き屋根や藁を塗り込めた土壁は、どこか懐かしかったりする。
 太い柱や梁の一本一本に重ねられた歳月を感じる。
 高い天井と縁の下のある日本家屋には心地よく風が吹き抜け、真夏でも快適に過ごせるに違いない。冬には、家の中心に大きく切られた囲炉裏が家人の安らぎの場となるのだろう。
 現在は横浜の長屋門公園に移築された古民家は、江戸後期、天保年間に建てられたものだ。
 この家に暮らした人々は、一日の農作業の予定を朝起きて眺めた土間の土の様子で決めたという。湿って黒ずんだ土、乾いて灰色がかった土。土の色が湿度計代わりとなっていたのだろう。
 僕は土の状態だけではなく、家の暮らしそのものから、人は自分なりの天気予報を導きだしていたのではないかと推測する。
 前夜、寝床で感じた冷え込みや雨戸を叩く風の音。囲炉裏の灰の残り具合やかすかに昇る煙。屋内に差し込む朝の日の光……。
 家そのものが、風向き、風速、気温、そして日照時間を記録するアメダスの役目を果たす。
 先人は五感をフルに活用して、経験則と照らし合わせ、その日の天気を予感できたのだろう。
 田舎を出て都会に暮らすことが憧れだった時代から、今や失った野性を取り戻そうと都会人が田舎を目指す時代。
 田舎家に住み、自然と近く暮らしたい、そんな田舎暮らしを提案するのが、『田舎暮らしでスローライフ』(テレビ朝日・文化の日・朝放送)だ。
 番組では、田舎暮らしを上級・中級・初級と三つのケースで紹介する。
 完全移住型を上級とするならば、クラインガルテン(ドイツ発祥の小屋付き市民農園)は、中級クラス。
 平日は都会に暮らし、週末は田舎へ出かけて農作業をやり、本を読んだり気ままな時間を過ごす。現在の生活をキープしながら、田舎で自然や地域住民との交流を楽しむ。
 このおいしいとこ取りの二地域居住型ライフスタイルは、現在、全国で二十の自治体が三十九カ所で運営しており、さらに増えつつある。
 毎週、畑仕事に出かける自信がないという人には、初級編・ワーキングホリデーがお薦め。
 人手不足に悩む農繁期は、農家が労働力として都会人を受け入れ、代わりに宿と食事を提供する。農業志望の都会の若者、早期退職して第二の人生を模索する人。土に触れることで、新たな自分の道を切り開くきっかけを得られるかもしれない。  
 都会に生まれ暮らす僕らは、・土・のことを何も知らない。取材で初めて入った田んぼの土は、ムニュッとなんともいえない掴み心地。泥を振り払えば手のひらに得体の知れない虫が残る。ふと見れば、水面をヘビがニョロロと泳いでいたりして、自然の温もりを感じる余裕などあろうはずもなかった。
「甘い考えで田舎暮らしを始めれば挫折する。僕は俳優業の傍らの・なんちゃって農家・。自然の厳しさと真っ向から向き合う農民にはなれない」
 十年以上、稲作を実践してきた永島敏行さんは語る。無理せず自分にあった田舎暮らしを見つけることが肝要のようだ。
 それでも僕は、田舎暮らしにイエス。
 なにしろ僕の夢は、『Dr.コトーの夫』なのだから。 
 医者の奥さんに島の診療所に赴任してもらう。無職の僕は、何もせず日がな一日岸壁で釣り糸を垂れる。
 何か小さな事件が起きれば「ウチの人、ヒマだから」と診療所の先生に言われた島民の相談に、僕は乗る。
 てなわけにはいかないようだ。ウチの奥さんは、絶対に田舎暮らしは嫌だと。それが、皆が抱える現実というものか。

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