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週刊新潮 七月二十六日号
「石原良純の楽屋の窓 」
209回
クエクエ地獄

「行きつけの店の”一品”を教えてください」と番組のスタッフから問い合わせがあった。
 グルメ番組ならまだしも『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系・日曜夜)に食べ物は関係ないだろうと思いつつ、家からほど近い三軒茶屋の『イルピアット』を紹介した。
 駅から九十九折に路地を進み、ようやく辿りつくイタリア料理店は、江守徹さんの紹介。
 以前ある番組で、ゲストお薦めの店で美味しい料理と美味しい酒とともにエンディングトークをするコーナーがあった。
 ところが、普段ならば三十分もあれば終わる収録が、一時間たっても終わらない。ワインを次々に所望する江守さんの話は、事前の打合せを全く無視して収拾つかなくなってしまったからだ。三本目のワインボトルがテーブルにやって来たところで、僕もディレクターも観念して宴はお開きとなった。
 そんなマイペースな江守さんをいつも満足させているオーナーの角濱崇シェフは、弱冠三十五歳。小粒な体にきりりと白い調理服、顔を真っ赤にしながらオープンキッチンをいつも駆けずり廻っている。
 僕のお薦めは”自家製パンチェッタのクリームソース、手打ちのタリアテッレ”。岩塩とハーブで塩漬けしたアグー豚と濃厚なクリームチーズソースがフルボディの赤ワインと相性抜群だ。
 さて収録当日、スタジオに行って驚いた。行列しているのは、法律関係者ならぬ白衣の料理人。ゲストの一人に、今、大喰い界で注目を集めているギャル曽根がいたばっかりに、法律相談とは一切関わりなく、大喰い対決が企画されたのだ。
 ギャルメイクで長い茶髪をサラリと掻きあげながら、笑顔で永遠にものを食べ続ける。そんな大喰いモンスターとの対決は、パスタ十皿、餃子十人前、寿司十人前の早喰い戦。
 餃子といっても、ただの餃子ではない。『NEWS ZERO』のキャスター村尾信尚さんお薦めの『黒豚餃子』は、もっちりとした皮と千葉県産の黒豚の旨味のつまった肉汁が持ち味。 
 寿司は銀座の高級店『鮨からく』のネタを、寿司を握らせたらプロはだしの島田紳助さんが握る。ちなみに、店で食べれば大トロは一貫二千円だとか。
 ギャル曽根と対戦するのは、ゲストと最強弁護士軍団から選抜された五人。幸いにも、僕はその五人には選ばれなかった。
 大喰いは、喰うと見るとでは大違いだ。どんなに美味しい料理でも、無理矢理に口につめ込むのを思っただけで、食べる前からポッコリ膨らむお腹と苦しい息を想像して、食欲がみるみる減退する。
 日頃、運動して体型維持に気を使っている人にとっては、無意味な暴食は特に辛い。この一皿で何千キロカロリーと、頭の中のメーターが摂取熱量をカウントする。その分、後でどれだけエクササイズしなければならぬのかと思うと、泣けてくる。
 ところが、スタジオの空気がどこか淀んで、悲壮感の漂う食事風景が、僕には懐かしく思えてきた。それは僕がまだ、石原軍団の一員だった頃、渡哲也さんに連れて行って頂いた数々の高級レストランでの食事風景だ。メニューを上から下まで注文される渡さんの御好意を、僕ら若手は、残すことなど絶対にありえない。辛くとも、お腹が破裂するまで食べ続けなければならなかった。
 食事の終わりには、腹に入り切らないデザートのアイスクリームが、口の中のコーヒーの真ん中に浮かぶと相場は決まっていた。
 そんな”クエクエ地獄”の景色は、大喰い競争の現場と奇妙に一致した。  
 ならば僕も、一肌脱ぎましょう。ギャル曽根退治に特別参加、大きな餃子に大口開けてかじりついた。

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